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懐かしい

 投稿者:鶴崎 望  投稿日:2016年 1月 1日(金)12時56分57秒
  福母神社の境内が遊び場でした。直ぐ裏の宮浦の堤で良く鮒釣りをしました。住まいは宮浦堤の直ぐ側でした。鶴崎時計店が親戚です。大町町の他の写真が有れば見せて頂きたいですね。  
 

千葉県の鶴崎神社

 投稿者:管理人  投稿日:2013年 8月 2日(金)19時26分7秒
  千葉県の内房総、鋸南町(きょなんまち)の鶴崎神社を訪れ、ホームページに情報をアップデートしました。

http://www.geocities.jp/tsurufs/chiba-kyonanncyou-tsurusakijinnja.htm

 

名字の由来?

 投稿者:管理人  投稿日:2013年 2月 4日(月)22時02分14秒
  インターネット「名字由来net」で、何気なく鶴崎・津留崎の苗字を入力しましたら。下記 解説がありました。参考まで。清和天皇・・・・・という記事がどこで調べられたのか判りませんが。
{鶴崎}:現福岡県南部である筑後の有名氏族、近年、福岡県、佐賀県などに多数みられる。「崎」は先端、突端、端を表す。清和天皇の子孫で源姓を賜った氏(清和源氏)新田氏流、中臣鎌足が天智天皇より賜ったことに始まる氏(藤原氏)秀郷流窪田氏族などにみられる。
{津留崎}:鶴崎と起源をともにする。大分県大分市がルーツのひとつ。近年、福岡県久留米市、東京都にみられる。剣、鶴の形をした先端、突端が語源。
 

ホームページURLの変更について

 投稿者:管理人  投稿日:2012年 8月 9日(木)16時52分26秒
  「全国の鶴崎さん集合」のホームページのURLが、従来の「http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Hanamizuki/8060/」から「http://www.geocities.jp/tsurufs/」に変更になりました。従来のURLからではホームページは閲覧できませんので宜しくお願い致します。

http://www.geocities.jp/tsurufs/

 

びっくりです

 投稿者:東京から  投稿日:2012年 5月17日(木)01時22分30秒
  旧姓鶴崎です。好子おばさんお元気でしょうか?ケアセンターに入られたと聞いていますが。
私姪の一人です。
父がルーツは鶴崎弥籐氏の守だったと言っていたのは本当だったのですね。その当時誰も信じていなかったですが。
珍しい名前なので、こんな掲示板があったなんてびっくりです。
いとこの人がいたら、近況お知らせください。

http://www.lien.co.jp

 

HP開設10周年の御礼

 投稿者:管理者  投稿日:2012年 4月15日(日)16時38分6秒
  全国の鶴崎さん、津留崎さん、私が管理していますホームページ「全国の鶴崎さん集合」はお蔭様で開設10年を迎えました。IT時代と言われインターネットが急激に広がりつつあった時代、極めて少ない「鶴崎姓」のルーツを辿りたいと思いホームページソフトを購入し試行錯誤で作成に着手しました。お蔭様で現在HPアクセス数、約9640件となり皆様からいろいろ情報を頂き有難うございます。また久留米地区の津留崎さんは以前は鶴崎の姓だったとの情報も得る事ができました。
まだ、HPの内容は、情報極めて少ない事もあり、不完全ですが更に内容を充実して行きたいと思いますので皆様のご支援を引き続きお願い致します。
フェースブック(FB)のお友達も、昨年2月頃から初めて現在、鶴崎姓・津留崎姓の合計で約70名の参加を頂きました。今後とも宜しくお願い致します。

 

荊津村館跡

 投稿者:管理者  投稿日:2012年 3月25日(日)17時42分6秒
  「筑後将士軍談」に見える城と館(久留米市教育委員会)
最近偶然にも、インターネットで荊津(オドロツ)村館跡の内容が記載されている資料に出会いました。この館跡は現在の久留米市大善寺町中津にあり、この近辺には多くの津留崎さんがお住まいです。この資料の中で「荊津伊賀守は、鶴崎姓(現在は津留崎)を名乗る人々の祖先にあたると記しています。」平成14年歴史散歩という資料ですが、私が、鶴崎=津留崎ではないかと思い調べるのに約5年ほどかかりました。もう少し早くこの情報少しでも得てれば苦労せずに良かったのにと思います。
参考までに、この資料を添付致します。

http://www.city.kurume.fukuoka.jp/1060manabi/2050bunkazai/3010bunkazai/files/2011-0119-1158.pdf

 

青森県むつ市で鶴崎の地名発見

 投稿者:管理者メール  投稿日:2011年 7月28日(木)20時07分50秒
  青森県むつ市城ヶ沢という所に「鶴崎山順法寺城」という城跡を見つけました。ここは、南北朝時代、南朝方の護良親王の皇子(後の源良尹(ながただ):御醍醐天皇の孫)を1348年、居住させ、其の子孫は、北部王国とと称されたとのこと。また、1564年、九州菊池氏一族の菊池正義が当地に移り住んでいます。http://blogs.yahoo.co.jp/syory159sp/27930609.html
http://www.ne.jp/asahi/saso/sai/castle/aomori/junpoji/junpoji.html
 

新しい情報交換の場、開設

 投稿者:管理者メール  投稿日:2011年 7月28日(木)12時05分57秒
  全国の鶴崎さん津留崎さん、今流行のフェースブック(FaceBook)に情報提供・コミュニケーションの場を開設しました。下記HPにアクセスし登録参加されたい方はお知らせ下さい。勿論、このホームページ掲示板への書き込みも引き続き大いに歓迎しております。

http://www.facebook.com/profile.php?id=100002066320543

 

発祥について

 投稿者:管理者メール  投稿日:2011年 6月16日(木)21時46分48秒
編集済
  HPご覧頂き有難うございます。発祥の件ですが、残念ながら「大分での鶴崎氏の形跡」が中々見つからないので何とも言えませんが、荊津氏(平安時代~1340年頃?)が、将士軍談のごとく鶴崎氏/津留崎氏の先祖であれば、私は大善寺が発祥ではないかと推測します。  

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